『書楼弔堂 破曉』(京極夏彦著、集英社文庫)
を読みました。
この本に出会えたことが、とても嬉しい。
私、京極夏彦さんのファンです。
初めて触れたのは、NHK・Eテレの「心おどる あの人の本棚」という番組でした(令和7年5月20日放送)。
京極夏彦さんの書斎の本棚や別宅の書庫に、膨大な数の本が、ぴしーっと並んでいます。
内容から分類して、関係性や分量を考慮して、並べます。
その後に同じ分類の本を入手したら、もっと良い並べ方を考えて、大移動させるとのこと。
「1ミリの隙間も、20か所集まれば2センチですよ!」
と大真面目に力説する姿に惹き込まれました。
この人の本を読んでみたいなあ、と思っていたところ、浅田次郎さんのエッセイ
『勇気凛凛ルリの色 四十肩と恋愛』(講談社文庫)
に、京極夏彦さんが登場しました。
浅田さんが、神社の境内で、お腹が痛くなって漏らしそうになった場面。
「数日間、京極夏彦を読み耽っていたのは私にとって不幸であった。もらすのはいやだが、タタリを蒙るのはもっといやだった。」(142頁)
大好きな浅田次郎さんが、「数日間」「読み耽る」!
これは是非とも読まねば。
書店に行きました。
文庫本が分厚い!
こんなんで背割れせえへんのかいな、という製本技術の点からも興味が湧きました。
そして、読んだのが、京極夏彦さんのデビュー作
『姑獲鳥の夏』(講談社文庫、621頁)
です。
サスペンス物で怖いのですが、京極堂の語り口調が秀逸です。
怖いのを我慢して、なんとか読み切りました。
少し間を開けて、2冊目に挑戦したのが、
『魍魎の匣』(講談社文庫、1060頁)
です。
やっぱり京極堂の語りは非常に面白いのですが、サスペンス色が極度に強くなっていて、怖くて怖くて、ひぃひぃ言いながら読みました。読んでいる間は、寝ても覚めても不安感に覆われていました。
読み切って、頁数分の達成感は味わいましたが、ストレスは禁物やでと医者に言われていたお尻の病気が悪化。
明かに、サスペンス小説の怖さが原因でした。
もう、これは体質的にアカンのや。
続けて読むつもりで買っていた5冊も合わせて、京極堂シリーズすべてを、泣く泣く古本屋さんに売りました。
それから1か月、もう京極夏彦さんの小説は読めない、と落ち込みながらも、お尻は回復してきました
そんなある日、書店で、京極夏彦さんの新刊文庫『書楼弔堂』が並んでいるのを見ました。シリーズ第3弾とのこと。
今まで気にしていなかったタイトルでした。
でも「弔」とかいうて、やっぱり怖いんやろなー、と手に取って、裏のあらすじを読むと、本を探す<探書>が主題で、どうも、人は死なないようなのです。
これは、もしかしたら、また京極夏彦読めるかも!
急いで大型書店に行って、シリーズ第1弾である『書楼弔堂 破曉』を買って読んだ次第。
時代設定は明治二十年代の半ば。
書生時代の泉鏡花など、迷える者たちが己のための一冊を求め<探書>に訪れます。
漢文体から言文一致体に移行する時期の文壇の様子が活き活きと描かれています。
もちろん多分にフィクションなのでしょうが、京極夏彦さんが書くんやから、しっかり調べて書いているはずで、出鱈目な訳がありません。
文章の重厚さと、登場人物の真摯さは、京極堂シリーズと同様。
「弔堂」の語りは、「京極堂」に負けず劣らず、秀逸なのです。
そして、1冊読み終わっても、お尻は落ち着いたままでした。
よっしゃ!
また、京極夏彦さんの小説を読むことができます。