本の好き嫌い

『定年後に読みたい文庫100冊』(勢古浩爾著、草思社文庫)

を買いました。

以前に図書館で借りて、とても面白く、手元に置いておきたいと思っていました。

出版社品切れなのか新刊書店には無く、草思社文庫は古書店にも並びにくく、1年以上探していましたが、やっと出会えました。

久し振りに読んで、やっぱり面白い。

「『古典を読むべきだよね』って言ってたらカッコ良いよね」っていう気取りはナシ。
「僕、こんな難しい本、読んでんねんで」っていう自慢は一切なし。
「流行ってる作家は褒めとこか」っていう日和見も全くなし。

自分が面白いと思う作家は、とことん読んで、絶賛する。
面白くないと思ったら、途中でもスッパリ止めて、どんな人気作家でも酷評する。

その姿勢が、痛快極まりない。

うわ~、あの作家さん、こんなこと言われてんで。

と、笑えます。

おしなべて、私が好きな作家さんが絶賛されて、私が「よう読まんわ」と諦めた作家さんが酷評されていることから、読んでいて気持ちがいい。

ただ、一人、私のイチ押しの浅田次郎さんが、作品は絶賛されているのに、ドキュメント番組で編集者に対してエラそうに振舞っていたことをきっかけに、見限られています。

浅田次郎さんは、そんなこと気にしないのかもしれませんが、私としては、『蒼穹の昴』に対する大絶賛で共感できたのに、テレビ番組で本人の態度が気に入らんかったからもう読まない、とされたことが残念でなりません。

ということで、動画サイトで、そのドキュメント番組を探してみたのですが、見つけられず、浅田次郎さんがどんな振る舞いをしたのか、まだこの目で見られていません。

が、大ファンの贔屓目から弁護するならば、編集者さんが浅田次郎さんの原稿を自然と丁寧に扱ってしまうのが、相対的に浅田次郎さんがエラそうにしてるように映ってしまったのではないか。

キーボードで打ち込んだワードファイルをメール添付で送ることもできる時代に、浅田次郎さんは、今も、座卓に座り、名入りの特製原稿用紙に万年筆で、原稿を執筆します。

それを待つ編集者さんは、言われなくても、正座で待つし、原稿を受け取る時には両手で捧げ持ってしまうのではなかろうか。

『勇気凛々ルリの色』(講談社文庫)などのエッセイでは、編集者に回し蹴りを食らわす、とか書いてますが、実際は、決してエラそうにする人ではないと思うのです。

勢古浩爾さんには、『蒼穹の昴』シリーズ、今も続いていて、ずっと面白いんスよ、と伝えたいのです。

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