先日、エッセイ「積ん読」の中で、「頑固オヤジの語りは今は要らんわと、男性作家のエッセイは、積ん読になりがち」と書きました。
が、その直後に、とても面白いオヤジエッセイに出会いました。
浅田次郎著
『つばさよつばさ』(小学館文庫→現在は集英社文庫)
『パリわずらい 江戸わずらい』(小学館文庫→現在は集英社文庫)
『竜宮城と七夕さま』(小学館文庫→現在は集英社文庫)
『見果てぬ花』(小学館文庫)
これらは、日本航空の機内誌に長く掲載されているエッセイを集めたものです。
文章、言葉選びが重厚で、格が高い。
それに沿う格調高い内容のものもあれば、非常におバカなものもあります。
電車で読んでいて、ムフムフ、ニヤニヤを禁じ得ません。
『待つ女 浅田次郎読本』(朝日新聞社文芸編集部・朝日文庫)
所収の「小説家と『字通』」にこうあります。
<以下、ネタバレを含みます>
明治の言文一致以来、文体との格闘を続けてきた小説家は、3通りに大別できる。
① 鷗外の用いた漢文脈の硬質な文体
② 漱石が使用した和文脈のなよやかな文体
③ やや遅れて登場した翻訳・洋文脈の文体
浅田次郎さんは、自身、①の文体を本質的に使用していると述べています。
「小説のお里は明らかに鷗外であり、また谷崎であった。文章のお手本と今も信じて疑わぬ荷風は、一見したところ洋文脈の先駆者のようでありながら、『断腸亭日乗』を読めばわかる通り実は漢文脈のエキスパートである。なおまずいことには、多感な思春期に突然変異的な漢文体作家・三島由紀夫の洗礼を受けた。」
これです。
やっぱり、漢文に軸足があるからこその、重厚さと格の高さなのです。
そんな美しい文章で、おバカなことを言うから、楽しくて、気持ち良いのです。
これまで、
『蒼穹の昴』(講談社文庫)
『壬生義士伝』『輪違屋糸里』『一刀斎夢録』(文春文庫)
など長編小説を読んできて、大ファンでしたが、エッセイを読んで、さらに好きになりました。
余勢を駆って、
『珍妃の井戸』(講談社文庫)
を読みました。やっぱり小説も良い。
このまま、蒼穹の昴シリーズに進んでいきそうです。
そして、当分、行き帰りの電車の中は、格調高いエッセイに、ムフムフ言いそうです。