師匠

事務所で一人で書面を作っていると、私の左肩の辺りに、ボスの顔が現れて、パソコンの画面を覗き込んで言います。

「それは、話し言葉じゃないか。」
「それは、主張書面で使っていい言葉なのか?」

私が、
「もう(うるさいなあ)。今、直そうと思ってたんですよ。」
と声に出しながら改訂すると、ボスの顔は消えます。

そんな一人芝居を、独立したての頃、よくやっていました。

 ボスは、書面の作成に厳しい人です。

 私も、受験時代は、「文章力がある」という講評をもらうことが多かったのですが、勤務弁護士になって、私が起案した書面は、ボスに添削されると、原形をとどめていませんでした。
 ボスからすれば、一から自分で作り直した方が手っ取り早いはずです。
けれどもボスは、せっかく頑張って勤務弁護士が起案してきたんだからと、1文でも、1フレーズでも残して使ってくれる、そういう優しいところもある人です。

 私が初めに起案すると、その書面のワードファイルは私のパソコンにあります。
 ボスはパソコン入力ができませんでしたので、ボスの添削をワードファイルに反映させる作業は私がします。そこから先は、プリントアウトした原稿をボスが鉛筆で改訂し、私が入力をしてプリントアウトした原稿をまたボスに渡す、という作業を繰り返します。
 ボスは、法律面の構成はもちろん、文章表現も、一つ一つの言葉を吟味し、「てにをは」にもこだわります。
 改訂箇所を入力する作業の中で、私は、ボスが、どのフレーズをどう変えたのかをすべて見ることができます。
 何度も何度も改訂を繰り返すうちに、その書面は、切れ味鋭く、格調の高いものに仕上がっていきます。
 当時、訴訟の相手方から出てくるどの書面よりも、ボスの作る書面の方が、カッコ良かったです。

 もう独立して10年以上経ちました。
 起案中にボスの顔が現れることは、最近は滅多にありませんが、私は、今日も、自分の原稿を、プリントアウトして、言葉を吟味して、「てにをは」にもこだわって、何度も何度も改訂して、書面を作っています。

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