人の人生に立ち会う仕事

小説『ツナグ』(辻村深月著・新潮文庫)を読みました。

一生に一度だけ、死者との再会を叶えてくれるという「使者(ツナグ)」の物語です。
全体に、とても緻密に構成されていて、特に後半は、ググッと引き込まれました。

(以下、ネタバレを含みます)

使者(ツナグ)を引き継ぐ者と、引き継がせる者との会話に、心を掴まれました。

「使者(ツナグ)って、結構しんどいね。単なる傍観者でいいかと思っていたら、こっちにもダメージが来る」
「そうさ。人の人生に立ち会うっていうのは、生半可な気持ちじゃできないんだよ」

私は、もちろん、事件を受任するにあたって、「傍観者」でいいと思ったことはなく、依頼者の希望を実現するために「代理人」として努力します。

けれども、依頼者と代理人弁護士の関係は、委任契約関係です。
委任契約は、仕事の完成を「目指して努力する」ことを内容とします。
この点で、「仕事の完成」自体を約束する請負契約とは、決定的に異なります。

弁護士は、一生懸命に努力すればそれでよくて、結果にまでは責任を負わない、という意味では、依頼者(紛争当事者)本人とは異なる立場にいます。
それを、「傍らにいる」と表現すれば、「傍観者」に近づくかもしれません。

これはこれで、とてもよくできた仕組みなのだと思います。
依頼者は、委任することで、自分以外に事件のことを考えてくれる人(代理人弁護士)を作り出し、自分は半分だけでも肩の荷を下ろすことができる。
代理人弁護士は、受任することで、依頼者の重荷を半分担ぐことになるけれども、「自分事」か「他人事」かと問われれば、あくまで「他人事」だから、耐えることができる。

そう割り切ってしまえれば楽なのかもしれませんが、なかなかそうは行かないのです。

特に、私が専門にしている相続事件では往々にして50年以上、離婚事件では20年以上に亘る感情が積み重なっていることがあります。
それをお聴きしていると、どこかしら私自身の人生に重なるところが見えてきます。
依頼を受けてから、何度も打ち合わせを重ね、背景事情なども伺ううちに、だんだんと感情移入のコントロールが効かなくなってきて、私自身も結果に固執するようになってきます。
うまく頭から外すことができずに、寝付きが悪くなることもあります。
まさに、使者(ツナグ)の「こっちにもダメージが来る」状態です。

そんな使者(ツナグ)に掛けられた言葉、

「そうさ。人の人生に立ち会うっていうのは、生半可な気持ちじゃできないんだよ」

読んだ瞬間、胃の辺りをギュッと掴まれた感覚がありました。

私は、家庭裁判所の非常勤裁判官を経験して、相続・離婚を専門にすることを決意しました。
親族間の感情がもつれ合う事件が続きます。
しんどくなることも多々あります。

でも、「人の人生に立ち会う」仕事やねんから、しんどいのは当たり前。

背筋がピシッと伸びました。
おかげさまで、肚を据えなおすことができました。

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