『古本屋おやじ 観た、読んだ、書いた』(中山信如著、ちくま文庫)
を読みました。
著者は、1950年生まれ。
映画関係専門古書店を営んでいます。
親から引き継いだ古書店を、映画専門店に変えて行ったとのこと。
専門特化した人が、歯に衣着せずにエッセイを書くと、めちゃめちゃ面白い。
日記風のエッセイの中に、古書目録に触れたものがありました。
<以下、本文引用が続きます>
商売柄、「毎日のように古書目録が送られてくる。個人の目録、合同目録、豪華な目録、つましい目録。眺めてみれば、それぞれに楽しい。この楽しさは、商売人とて同じである。」
「ただ、最近気に入らぬことがひとつだけある。本にしろ、肉筆にしろ、文学者のアイウエオ順配列というやつである。そもそも、目録というもの、同じ百冊の本を百人に与えても、百人百様、百通りの並べかたがあってしかるべきなのに、それこそが本屋の自己表現の証しであるべきはずなのに、アイウエオ順とはなにごとか。」(195頁)
これ、出久根達郎さんも、似たようなことを言っています。
「ページ数や経費の面でむずかしいと思うが、私は作家の個人全集には、その作家の蔵書目録を掲載してほしい、と希望する者である。
作家の人となりや思想を知るには、当人が読んだ本を見るに如くはない。
書名だけではない。実は本の配置も知りたい。本をどのような順序で書棚に並べているか、これもまたその人の思想である。」
(『いつのまにやら本の虫』出久根達郎著、講談社文庫、14頁「蔵書目録」)
本の並べ方を考えている時って、至福です。
自分の本棚は、自分の好きなように並べられます。
この作家とこの作家は、生前に仲が良かったから隣同士にしてあげよ。
この二人は仲が悪かったから、なるべく遠くにして。
この3人は、対談もので本を出していたり、互いに文庫解説を書いたりしているから、グループだな。
そんな風に、いろいろ考えて、しっくり来るまで並べ換える作業は、まさに本棚を「耕す」ように見えます。
そして、並べ替えるときの考慮要素は、知識や経験で増えますから、時間が経てば、もっと良い並びが見えてきます。
その顕著な例がこちら。
「本屋本」や「本の本」の棚に、それまでは、出久根達郎さんの著作は、岡崎武志さんとはセットなのですが、三上延さんの『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズ(KADOKAWAメディアワークス文庫)とは離れた場所に並んでいました。
しかし、その後、出久根達郎さんの著作を読み進めて、『作家の値段』(講談社文庫)に出会った時に、『ビブリア古書堂…』のことを思い出し、巻末を確認してみると、多くの巻で、参考文献に『作家の値段』が挙げられていました。
そこで、喜び勇んで、岡崎武志さんと出久根達郎さんの本、合わせて20冊ほどを抜いて、『作家の値段』を右端にして、『ビブリア古書堂…』の第1巻の左隣に並べ換えました。
いや~、気持ちいい。
うっとりと、本棚を眺めています。
そして、今回、
『古本屋おやじ 観た、読んだ、書いた』(中山信如著、ちくま文庫)
を、岡崎武志さんと出久根達郎さんの間に立てました。
完璧です。